乳首

1: 2019/04/21(日) 14:26:51.69 ID:7yHm1YQ+9
女優の浅野ゆう子(58)が20日放送の日本テレビ系「誰だって波瀾爆笑」(日曜・前9時55分)に出演。

兵庫県神戸市生まれの浅野。幼少期から大人びた容姿で母にとって自慢の娘だった。
当時、母との約束はミス神戸になることと宝塚歌劇団に入ること。浅野は「神戸には神戸祭りというのがあるんです。
毎年、そこをね、オープンカーでミス神戸と呼ばれる方たちがパレードをするんです。
小さい頃からいつも母に連れられて見に行ってて、『いつの日か必ずあなたもあれ(オープンカー)に乗るのよ』って耳元でずっと言うんですよ。怖いですよ」と当時を振り返った。

母は美に対する意識が高く「足が曲がるから」と正座を禁止。そのため叔母の家に預けられた際、叔母から「お行儀が悪い」と叱られ板挟みになったと苦悩を明かした。

その後、母による“美の英才教育”もあって、13歳でアイドル歌手としてデビュー。
当時から根性は人一倍あり、基礎レッスンではアイドルには必要のない、ボクサーのようなトレーニングもこなした。
そのトレーニングを振り返って浅野は「当時は納得してやってたんですよね。何を納得してたんでしょう」と苦笑い。
「腹筋割れててもしょうがないですよね」と振り返った。

また、当時のアイドルの登竜門「芸能人運動会」で勝つために、短距離走のスタートの“フライング”を練習。
「スタートで速く出れば絶対にもっと速くいけるからって、事務所のマネージャーさんに毎晩毎晩、トレーニングさせられて」と明かした。
そのおかげか、見事1位に。“反則”してでも勝つことにこだわっていたという。

しかし、デビュー当初は順調だったものの、1年ほどで仕事が激減。「2年目になりますと新しい方がどんどん出てきてね。
もうフレッシュではないということで仕事もどんどん減って、レコードもそんなに売れず、このまま私はどうすればいいのだろうかと思いながらの高校生で」と当時の悩みを明かした。

そんな浅野に18歳で転機が訪れる。転機となったのは水着のグラビア写真。大人びたスタイルと健康そうに日焼けした姿が一躍話題となった。
「恥ずかしさはなかったんですか」と聞かれた浅野は「それは恥ずかしかったですね。抵抗はありました。
ただ、仕事をずっと続けていきたいと希望しておりましたので、どういう形でもお仕事をいただけるのであれば」と当時の心境を語った。

そして、絶対に譲らなかったこととして「この頃、自分の中のポリシーと言いますか信念みたいのがありまして、こういう写真を撮るとき『半ケツ見せても乳首見せるな』という。ヌードには絶対ならない」と笑いながら自身の信念を語った。

http://news.livedoor.com/article/detail/16349705/ 
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